鳩山法相を、朝日新聞が、「死に神」って揶揄してますね。
「国家」は、正義や法の実現のために、「死刑」とか「戦争」っていう方法で、殺人を行う団体だっていう事を、はっきり認識した方がいいんじゃないかと思います。
鳩山法相は、「死に神」でもなければ、なんでもない、ただの国家権力の代表者なんですね。国家権力の本質に、そういう殺人が含まれるって、朝日新聞も書けばいいのになと思います。
そこをそう書かないで、「死に神」とか揶揄するところが、「左翼・サヨク」って言われる所以なんでしょう。
いや、はっきり言って、仕事で死刑をするわけだから、楽しめなくちゃいけないと思います。「国家の法と正義の実現のために人を殺すのが楽しい」という、そういう人が、死刑執行人をすればいいと思いますし、そうでなければ、さっさと仕事を変えればいいと思います。
こういうと「国家の法と正義の実現のため」だからって、人を殺すのが楽しいなんて、、、って引く方がいるかと思いますけど、そういう人がいないと困るってことなんです。人間は、徒党を組んで他の群れを殺して、モノや資源を奪うことで、自分の所属する群れを大きくすることができるように「進化」しちゃったんですから。
にしても、右傾化っていうか、やり場のない不満が満ちている時代ですね。これは、世の中が、右肩上がりで、豊かになる方向に成長している時代だと、今は辛くても、いつかは自分も報われるっていう幻想がわくんでしょうがね。
死刑囚は、殺してしまえっていう空気と、秋葉原で勝ち組をみんな殺してしまえっていう空気に、微妙に似たような世相を感じないわけでもありません。他の群れから資源を奪うために戦うやり方は、資源や豊かさの総量が増えない時代にマッチしたやり口で、右傾化や国家権力の先鋭化と、経済成長のゼロサム化っていうのは、シンクロするんです。
第二次世界大戦とか、例をひくまでもなく、そういう経済の行き詰まりを「戦争」っていう手段で打開しようとする、っていうのと、個人レベルでの「自殺」に他人を何人も巻き込むっていうのは、世相に踊らされてるっていう部分じゃ似てるのかと思います。あ、世相を背景にしても、アキバの連続通り魔殺人は、どうしようもない奴ですね。
死刑囚を殺しても、アキバで勝ち組を殺しても、殺さなくても何も解決しないし、解決法も見つからない、そんな時代なのかなと思いました。
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2008/06/22/(日) 18:50
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「国家の法と正義の実現のために人を殺すのが楽しい」
だと引く人も多いでしょうから
「国家の法と正義の実現のために人を殺すことに誇りを持っていて、罪悪感は感じない」
みたいに言えば、趣旨が変わることなく引く人も少ないのかな、と
なんとなく思ったことを書いてみました
- 2008/07/12(土) 19:12:44 |
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- itiru #-
コメントいただきありがとうございます。
>「国家の法と正義の実現のために人を殺すことに誇りを持っていて、罪悪感は感じない」
うーん、少しは引く感じが少なくなるのかなぁ。「国家」っていうものの性質を直視というか、正しく見ると、やっぱり、引くというか、そんな感じになると思います。「国家」の本質なんでしょうが、、。
- 2008/07/12(土) 19:57:55 |
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