ドリカム吉田美和さんの夫、末田健さんが亡くなられました。
ドリブログというドリカム公式ブログで、中村正人さんが、9月30日に発表したんだけど、亡くなられたのは、9月26日(月)。あの国立競技場6万人ライブは、9月23日。吉田美和さんが、国立競技場ライブで、最初から号泣していたのもうなずけます。最愛の夫の状態を思うと、平常心ではいられなかったのは想像に難しくありません。
しかし、あの国立競技場ライブの裏で、こんな悲劇が進行していたとは、驚いて言葉になりません。コンサートのスケジュールは、ずっと前から決めていて、もう動かせない。それでいて、夫の病状がどんどん悪化してゆく。
その病状を公表できず、あのドリカムの明るい未来を描く歌をコンサートで歌い続ける。ドリカムの歌世界には、ありえない悲劇の予感、確信と、「ドリカム世界」の乖離が、吉田美和さんをさらに苦しめたでしょう。
実のところ、元ドリカム西川が逮捕された時に、「ドリカム歌世界」に、どんな変質が見えるのか、チェックしてたんだけど、結局、何も変わりませんでした。
末田健さんとの別れ、33歳というのは、早すぎる別れと思いますが、遅かれ早かれ、私も含めて、全ての人が、この世との別れを告げなくてはいけないのです。
「うれしい・楽しい・大好き」だけじゃ済まないのが、現実世界。いや、ドリカムの世界が、人間の感情をコンプリートするなら、愛する人との出会いがあれば、当然、歌のテーマとして愛する人との別れもあっておかしくないと思います。
歌を唄うのが、吉田美和さんの力と思います。
逆に、これだけ究極の「哀」を、現実で体験すると、歌世界に描く必要なんてない、、という気持ちになるのかもしれませんが、それでも、この上に、「喜」と「楽」を表現し続けるのは、バランスを失っているように思えるのです。
ここまでも、ドリカムの歌の世界は、喜怒哀楽のバランスを失っているように見えました。ひたすら「喜」と「楽」の量的な拡大を追及することが、ドリカムらしさでもあったと思います。
ただ、ここまで来ると、ここに来る前でも、その方が良かったと思うのですが、もうちょっと、さじ加減を「哀」の方にふらないと、何か、逆の働きが現実に振れてバランスをとりかねないような危惧を感じるのです。
いや、病気と歌は、関係ないことなんでしょうけど、それをどう受け止めるかという事は、普遍的なことです。「喜楽」を量的に拡大するためには、「怒哀」も埋め込まなければいけない要素と思います。
ここまで書いて、ブログライブ管理人が、どれだけドリカムを好きかは、わかっていただけたかとは思います。
改めて、お悔やみ申し上げます。
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2007/10/01/(月) 14:09
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