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2007年08月06日(月) ◇ フリーダム4 (考えたこと)

 フリーダムっていうアニメ、カップヌードルのCMの奴っていうと、一番わかりやすいかもしれません。

 大友克洋みたいな画風で、筋書きは、23世紀の月面人工基地「エデン」にすむ少年、タケルが仲間と一緒に、エデン管理局に追われながら、「滅亡したと教えられている地球」に行こうとするという物語。
 アニメらしく、冒険活劇に仕上がっていて、エデン管理局に追われて、「エデン」の中を月面バイクで疾走するチェイスがあったり、そんな追ったり逃げたりをしながら、地球に向かうアポロ風の宇宙船に乗って地球に出発する所までで、前半のフリーダム3までは、構成されていました。

 これって、シナリオ的には、冒険活劇アニメのメタファを借りた、社会のタブーへの挑戦を表現しているんじゃないかと思いました。
 月面基地での自由っていうのは、壁1枚隔てたら、真空世界なので、自由の様に見えても、「エデン」自体の存在を脅かすものについて、考えさせないように世論をコントロールしていて、「滅亡した地球」っていうのを、社会のタブーっていうのか、そういうトコの象徴に使っているんです。

 フリーダム4では、タケルが行った地球は、文明は崩壊しているものの、自然が再生していて、人がそれなりに生活しているように描かれていて、よく考えたら、こういう風に地球がなっていることを、なんで「エデン」管理局が、住民に隠す必要があるのかについては説明していません。

 にしても、壁1枚隔てた向こうが真空世界、もとい、強固な圧力隔壁と炉のコンピュータ管理で、放射能地獄を閉じ込めているという意味でいえば、原子力発電所に支えられた現代の電力供給を受けた今の社会では、ある意味、それを触れられないタブーとして捉えても間違いじゃないだろうなと、柏崎刈羽原子力発電所が中越沖地震で止まってしまって、改めて感じました。

 「地球がある」という事がわかってしまうと、壁1枚隔てた向こうは、真空世界の「エデン」よりいいんじゃないかと言い出す人がいるだろうから、「エデン」管理局が、「地球」で暮らせるコトを隠したり、情報をコントロールするのは、「エデン」社会の再生産性を維持することを優先するゆえと思います。

 原発や石油に依存した暮らしも、一国や一企業だけが、それを止めたら他国と比較して衰退にいたるということで、国策、企業活動としてなされていて、それを否定する世論が勝らないように、世論をコントロールして「タブー視」しているという意味では、「エデン」の世界に類似しているのかなと思います。
 それを、一種の閉塞感として捉えれば、そうかもしれませんし、他国に負けないため、むしろ勝つためと捉えれば、ポジティブに捉えられるかもしれません。

 まぁ、アニメですから、一方的に「タブーへの挑戦」のメッセージを「FREEDOM」という事で、冒険活劇に仕上げて、エンターテイメントにしようということで、それが限界なのかなとも思います。
 「タブー」の側と、「タブーへの挑戦」を両方認識して、すっと立っていられる、そんなポジションをブログでは保って見たいと思っています。
  1. 2007/08/06 (月) 09:19
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