石高について、wikiで調べてみた。
江戸時代、面積に石盛という一定の計数をかけて米の生産力に換算して石単位で表示するようになった。一石が大人一人が一年に食べる米の量といわれた。
およそ、上のような内容だった。
米は何かと言うと、田んぼで作る人間の食料なわけで、現代風に言えば、
太陽エネルギーを、田んぼで米というエネルギー資源に変換したものといえると思う。
要するに、石高、米の量は、エネルギー量といえる。
一次産業(農業水産業)が、ほとんどを占めた、江戸時代当時の主なエネルギー源は、太陽エネルギーだったわけで、
当時の軍事力、生産力=エネルギー量を表すのには、石高が適当な単位だったのだろう。
産業革命で、主なエネルギー源が、太陽エネルギーから、石炭や、石油に変わり、そのエネルギー量を表すには、
石炭、石油の量で、エネルギー量を表すか、貨幣を使ってエネルギー量を表すのが正しいのだろう。
そういう時代では、基本的に、
価格=エネルギーの消費量=CO2の発生量、を表していて、それと実際の市場価格を乖離させる働きを持っているのが、金融、独占、補助金と考えられる。 例えば、PS3のセルを作るのに、新しい工場を立てる=金融からお金を借りて作る時、1個のセルで償却する額は、初期投資した額を、PS3が最終的に売れる台数で割って計算するわけで、初期投資した額を、初回出荷の100万個で割るわけではない。
要は、
金融からお金を借りて製品を作る場合は、後で回収される事になる。
最初は、一台の生産に必要なコスト=エネルギー消費量=CO2排出量よりも、実際の価格は低くなる。この場合は、
予定した台数を実際に生産、販売すれば、全体として一台の価格と、エネルギー消費量は一致すると考えていいだろう。
独占についていえば、マイクロソフトが、Windowsっていうソフトを作って売る時に、実際にかかっている費用を販売本数で割ったも原価より、はるかに高い価格をつけて売ることが出来る。
この場合は、マイクロソフトに膨大な利益が残る。その利益を処分をすれば、結局、製作時にコストがかかってエネルギー消費したのと、同様のエネルギー消費量になる。
要は、
製作の原価が低くても、利益を処分すれば、後からエネルギーが消費される事になり、価格とエネルギー消費量は、事後的に一致することになる。
また、知的財産自体は、エネルギー消費はない。例えば、モーツアルトの交響曲自体は、過去にモーツアルトが作った時に、モーツアルトの生活費で表されるエネルギー消費で作られた。それを管理したり、演奏したり、録音する会社、人間が、エネルギーを消費しているのである。
国、地方自治体は、補助金、公債を出すことが出来る。例えば、リサイクルに補助金を出したり、エコ事業に補助金を出したり、地方に温泉施設を建ててその建設や管理に補助金を出す。
例えば、温泉施設の維持管理に
補助金を出せば、実際にかかったコスト、エネルギー消費量より、利用価格を下げることが出来、利用者としては、価格とエネルギー消費量を一致して把握することが出来ない。 ただ、この場合、公債が残っていけば、いずれ後払いで、国民や、住民が負担しなければならず、実際のエネルギー消費量に見合うコストを後払いすることになる。
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2007/03/01/(木) 07:52
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