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2013年01月31日(木) ◇ 体罰と時代 (考えたこと)

 30年前、私が中学生だった頃は、当然のように体育教師が生徒にケツバットなる事をしてた。
 いろんな場面で体育教師が罰として木製のバットで生徒のお尻を叩くという(怪我しないように力の加減はしてただろうけど)今のから見たら、体罰で先生は首になるだろう。
 当時は、ケツバットも別に問題になるわけでなく、ごく普通のよくある出来事だった。
 体育教師が剣道の竹刀持ってても不思議じゃなく、アレ痛そうだなと思ったから、覚えているというだけ。

 なんだかなぁ、体育会系の部活で普通に叩かれて育ってきた人が、指導者になって生徒や部員を叩いたらクビってのは割にあわんだろうなと思います。
 昔は生徒とか部員が指導者に叩かせたら、機嫌を損ねて叩かせた部員の方が悪い感覚があるかな。
 今は、生徒や部員に気持ちよく努力していただくよう指導者がお願いする時代かな。
 指導者が生徒や部員を不快に思っても、手を出したら終わり、サービス業です。

 なんていうのか、どんな手段を講じてでも勝てば、その過程の暴力はどうでもいいというか、そういう不条理を経てでも、勝つ事や結果・富が伴えばいい信仰があった時代なのかなと。日本中の富が増え続けた時代が背景にあって、暴力を振るったから富が増えたわけじゃないけど、増え続ける富を少しでも多くかき集める事が価値として求められて、少々の不条理や暴力は、手段として許容されるという。

 今は、日本中に満遍なく富が増える時代じゃないから、というか、富を偏って集中させるシステムを構築する事でないと、Jリーグをやるような、そういう事でないとスポーツが強くならない時代になってます。
 女子柔道はプロがないから割に合わないんです。だから素材が集まらないから強くならない、むしろ弱くなる。昔は、日本が満遍なく豊かになっていったから、スポーツをして体罰を受けても、それも強く豊かになる過程の一つと勘違いできたという。

 高校世代の指導者が何やっても、プロになれる子はなれるだけで、プロになれない子はなれない。高校生になった時点で世界と戦える子じゃなきゃ、高校でスポーツやってもプロになれないからスポーツをやっても豊かになれない。プロになれない多くの子にスポーツをやらせる事の無意味にみんな気がついた結果が、体罰への評価の変化につながってます。
 もっと言うと遺伝子レベルの才能の差でどうにもならないのがプロスポーツ。夢のない時代というか合理的というか。
  1. 2013/01/31 (木) 19:39
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