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2012年11月29日(木) ◇ テレビ 本質的な情報 (考えたこと)

 フジテレビが番組で、ネットでは本質的な情報が得られないと放送した、、っていうネットの記事を見た。
 その番組を見てないんで、ネットの情報だけで思った所を一応書いておきます。

 民放テレビは、視聴率を上げて多くの視聴者に「商品広告を見せて広告料を得る」企業だから、番組内容にもそれが決定的に影響を与えます。要するに、商品販売、広告販売を阻害する内容は「放送しない権利」を行使して扱わない事ができます。

 例えば、グルコサミンCMをたくさん流して企業から金をもらってる時は、それに対する考え方で、危うき者には近づかずがいいのを言いません。
 グルコサミン商品のパッケージを見ると、エビカニの殻を砕いて大量に使っていて、それをたんぱく質の補給に使ってたら、エビカニアレルギーになる危険性があるんじゃないか?と考えて使わないのが賢明じゃないか?と考えますが、そういう事はお金をもらってる企業の商品を「疑う」事なので言いません。

 要するに、お金をもらってる企業を疑えないのが、テレビメディアの言論の最大の欠点です。普通の人間は、これいいよ!と言われても、経験や知性で、それは良くないんじゃないか?と疑って考えますが、テレビメディアは、お金をもらってる企業の商品については疑っててもそれを言えません。
 本質的な情報であって、それがわかっててもお金のためには放送できない。知性や経験をお金儲けのために蓋をする、そんなテレビメディアが、よくもまぁネットがどうこうとか批判を言うもんだ、、まずテレビ自体を論じるのが先だろと思いました。

 NHKであれば、受信料がいくらかを決めるのは国会だし、根回しをするのは総務省なので、国民とお役人で利害が相反した場合は、しれっとお役人が流したい情報を優先して流す事になります。
 東京電力福島第一原発事故で、東京に放射能が落ちても知らん顔。大本営発表ならぬ、県知事やお役人、政治家の発表の垂れ流し。それがテレビメディアの姿、国民と政府・県で利害が反した時のテレビメディアの姿でした。

 一方ネットはどうだったか、、一言で言うと色々な情報が流れた中で、個別のユーザーが取捨選択をして情報を得てゆく過程として機能していました。そこには、少なくとも政府がこう言ってるからこう考えない、とか、広告主がどうとか、電通がどう言ってるからという、特定の少数者の暗黙の意図を汲む「目に見えない規制」はありませんでした。

 2011年4月初旬になってもなお福島県知事の「中通りに放射能は落ちてない。」言説をNHKの全国ニュースで垂れ流す始末で、テレビメディアはツッコミもしない、疑いもしない、言わせっぱなしという有様。今になってもなお、そのこと自体を批判した番組を見た記憶がないです。

 まぁこういう番組は「ネットは本質的じゃない」とか言っても、「本質的」の意味の捉え方で逃げるんだろうなという感じもします。福島県知事がどんな立場に立ってるのか、はっきりと伝えるって意味じゃ、あれが「本質」を伝えてるとも言えるし、ああいう機会だからこそ、テレビメディアの「本質」が伝えられたって意味じゃ「本質」は伝わってるとも言えます。
  1. 2012/11/29 (木) 17:13
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