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2012年11月11日(日) ◇ あってはならないけど、ありうる事に備える事 (考えたこと)

 あってはならない事だけどありうる事を、可能性が無い=起きない事にみんなで仕立てあげて、事前の準備をしないのが、日本人の欠点かなぁ。

 理路整然と考えれば可能性があって、それによる危険が巨大な事を「無い」事に考える事。

 仙台の中心市街地が東日本大震災(2011年)津波に襲われなかった事を考えると、慶長三陸地震(1611年)、貞観地震(869年)の経験を踏まえて、市の中心部を津波の遡上高より高く都市計画したのだろう。相馬市の中心部、いわき市の中心部も、津波の遡上高より高く、津波が来なかった所に設置したのだろう。

 その逆をやったのが、福島第一原発、福島第二原発、女川原発の設置です。要は、東京より200km以上離れている過疎地であって、東京より東、本州の東端に近く位置するから、原発事故が起きて放射能が漏れても、偏西風の気象により被害が最小限度に収まるだろう、、と考えたのだろう。

 が、そこが僻地、過疎地になった歴史は、400年ごとに巨大津波が襲来して、町も人も呑み込む地ゆえ。
 世界的な視野で見れば、原発を設置する場所としての不適性は明らかでした。
 今は人が住めない程、放射能で汚れた場所だから、最終処分場として、これ以上ない適性を持った場所です。

 東北400年津波と、3連動地震と巨大津波。日本人はその危険性と同居していて、それを直視しない心性。
 あ、東北400年津波っていう言葉はなかったなぁ。今、自分で考えました。
 貞観、慶長三陸、東日本大震災の3つの巨大津波の400年周期説を簡潔に表す言葉が無い事が大きな問題です。

 端的に言うと、太平洋沿岸の標高10m未満の地域は、近いうちに津波で海の中に沈みます。そこに建ってる建物は、全て財産価値が無くなるんです。それなのに、そこに住んでる人が逃げ出さない不思議。この不思議を言語化すると、一番最初の文言に辿りつくのかなぁ。

 アメリカは、合理的に住む場所を選び、知識と産業で得た力と富で人工的に作り上げた国。何よりも、それらを優先するのが国是。
 それと比較すると、日本人には、それらを全てに優先させる能力が、きちんと備わってないと思いました。

 東京電力福島第一原発事故でいうなら、原発を作る時に、全外部電源が無くなった時にどう対応するのか決めておくべき話。何百回と炉心の緊急停止の水注入を行って、加熱した状態で震度7の衝撃を与えて、それでも耐えられる炉の設計にすべき話。で、運用時には、その1/10の劣化で補修でなく廃炉にすることを決めておくべき話。
  1. 2012/11/11 (日) 00:36
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  1. 2012/11/11(日) 15:57:26 |
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