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2012年01月17日(火) ◇ 双葉町長「ここに施設(中間貯蔵施設)を造れと、誰にも言われたくない。」 (考えたこと)

 原発の運転を双葉町長は認めてきたのに、それよりずっと安全な(汚染土を置いておくだけで、新たな事故が起きようがない)中間貯蔵施設を作る事になぜ反対するんだろう。
 土壌を汚染したセシウム、プルトニウムの放射性物質、劇毒物は、東京電力福島第一原発で電気と一緒に核分裂を起こして作ってたのだから、作っていた場所に戻すしかありません。東京電力福島第一原発に入りきらなければ、周りの大熊町や双葉町に置き場を作るしかありません。

 その前提として、双葉町や大熊町が受けている高濃度の放射能汚染について「帰還不可能」という結論を政府が早急に伝えて謝罪して、土地の買上げや所得保証を内容として補償するべき話です。
 双葉町民として実現可能な合理的な解決策を考えると、帰りたい→「他の地域に比べて」高濃度の放射能汚染がされている→帰れない→土地や財産を補償してくれとしか考えられません。
 どんなに除染しても、他地域より少ない汚染にならないので土地に比較優位性が得られず、帰還に合理性が得られません。

 で、双葉町長や福島県知事は、東京電力福島第一原発事故の終息は「住民の帰還」にあると言い続けています。それは、原子力発電所の「安全神話」が「不可能」だったのと同じ「不可能」です。「不可能」を「信じた」と悔やむポーズを作りつつ、新たな「不可能」を要求する論理、原子力発電所の「不可能」を「信じた」のと同じ不合理があります。
 一方、マスコミが管首相が20年帰れないかもと言った時に叩きまくった様に、マスコミも帰還できない地域がある事を国が認めない様に論陣を張ってます。国にとっては、帰還できない地域を認めない事の方が都合がよく(補償や買い上げを先延ばしにでき、あわよくば補償を払わなくてもいいから)、双葉町長が帰還できない地域がある事を国に認めさせない事と利益が一致します。

 そうすると双葉町長の「帰還」という不可能な「選択」を利用して、国やマスコミが補償を遅らせる事が出来る図式が明確になります。「超高濃度の土壌汚染」や「近づけずに仮の建屋さえつけられず、未だに放射能を吐き続ける2、3、4号機」という現実を目の前すれば、「帰還」は実現不可能な文言であって、双葉「町民」の侵された財産権や生活権の「補償」を一刻も早くするように、政府に要望するべきです。

 土地の買い上げや所得補償がされて「帰還」がなくなれば、自治体としての「町」の消滅につながります。
 実際、その意味でも「自治体職員」や「議員」や「町長」にとっては、国と同じ様に「町」が「帰還」を言い続ける事が大切という利害関係は一致します。

 双葉町民とすれば、原発を認めてきた「町長に」中間貯蔵施設は要らないと言う資格はないと言いたいでしょう。
  1. 2012/01/17 (火) 03:16
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