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2010年11月29日(月) ◇ ソーシャルメディアの弱点 (考えたこと)

 twitterやFacebookが特徴的なのは、「みんなに好かれる」事を判断の基準にしている事です。
 twitterは、「フォローミー」っていう言葉や、RTされる事、Facebookは、「いいね!」っていう判断基準で行っています。これは「好かれる」事がこれらメディアの中での判断基準と言っていいと思います。

 これらメディアをソーシャルメディアとすると、ソーシャルメディアは、「みんなに好かれる」事を判断基準にしている事になります。この記事は「みんなに好かれる」事を基準にしたメディアがどういう欠点を抱えているのかを考える記事です。

 端的に言うと「正論である事」と「みんなに好かれる事」が異なる場合、後者が優先される欠陥が生じると考えます。
 具体的に言うと「尖閣ビデオ」問題では、文民統制の「正論」では、流出させた海上保安官を逮捕、起訴するべきという事になります。同時に、こういう事態を招いた責任をとって管内閣は退陣するべきです。
 両方がきちんと責任をとるのが「正論」と思います。がしかし、これは「みんなに好かれない」話です。政府を批判する立場からは、政府が批判の対象になるべきだし、民主党・自民党をみんなに好かれたいとする立場からは、海上保安官を逮捕するなという世論に従うべきという立場になります。

 このように、どちらの立場からも支持されない、国民世論からも「好かれない」話が「正論」になった場合が、今回の「尖閣ビデオ」の最も大きな特徴と考えます。そして結果的に正論が「みんなに好かれない」話になった事が、最も大きな管内閣の失策と考えます。

 twitterやFacebookは、マスメディアも政党もそうでしょうけど、「みんなに好かれる」を判断基準にした以上、構造的に同じ弱点を抱えていると考えます。それが非匿名性が強まり、リアルに近づけば近づく程、既存の社会構造と同じく既存のメディア構造と同じ欠点を抱えて、ネット的な「玉石混交で言いたい話が言える」場でなくなると考えます。
  1. 2010/11/29 (月) 13:05
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