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2006年07月21日(金) ◇ 責任を否定する人々 (考えたこと)

 会社の人々は、自らの責任を逃れて、人のせいにするということが、社会人にとって最も大切なことだと、身をもって世の中の人達に表現している。
 社会で生きてゆくためには、自分に非があることを否定する。その事が、もっとも大切なことだと、表現している。

 まず、会社は、修理の業者の改造として、会社の関与は認めない。
 会社の製品に経年劣化があって、それに対する修理として不法改造を指示したという指摘があっても、認めない。
 世の中が、わんわん騒いで、謝罪する。

 トラブルが起きた場合、組織で生きる人間にとって、自分が悪いという結論になるのが、一番悪い。他の人が責任を持っています、という生き方をする人達が組織で生き残る。

 まず、この安全装置の経年劣化に対する修理で、短絡して、安全装置の無効化がされた。
 その時点では、会社は、部品取り寄せに何日もかかるという不満に対しての対応として、指示を出した。

 想像だが、大体以下のような事だろう。

 修理担当者は、「修理法として指示してない。」として、責任を否定する。
 製造責任者は、「安全装置の経年劣化はやむを得ない。」として、責任を否定する。
 改造をした現場は、「これは会社の指示でした。」として責任を否定する。

 そして、安全装置に修理が多く必要なこと、修理に時間がかかるということは、誰にも責任がない とされる。

 人々の思想の問題と思う。

 何かを改善させるという意味では、問題は常にあるものなのに、それを「問題」にする時っていうのは、必ず、他人の責任だといって責任を押し付ける。
 そういうものの言い方、ただの責任の押し付けに、無反省な思想。

 なんかこの騒ぎって、結局修理っていうことについて、誰も責任持たないから、「新品買え。」っていう結論に向かいつつあるような気がしませんか?。
  1. 2006/07/21 (金) 12:06
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