<< 飯島夏樹 | ◇ | 相撲の八百長 >>

2008年10月02日(木) ◇ 清原和博 (スポーツ)

 清原和博選手引退。引退セレモニーは、劇的なものですが、清原選手の引退は、何よりも印象的でした。
 まず、王監督から、花束贈呈。「来世では必ず一緒のチームでやろう。ホームラン競争をしよう。」そう、王監督は、清原和博選手に声をかけたそうです。

 引退セレモニーの試合に、王監督から声をかけてもらう、、、なんて象徴的な事でしょう。
 あのドラフトで桑田真澄投手は、清原選手とドラフトで競合することを避けるために、早稲田大学進学を宣言し、清原和博選手は、王監督の巨人を含めた多数の球団が指名すると見られていました。
 運命のドラフトで巨人は、桑田真澄投手を1位で強行指名しました。清原和博選手は、多球団が指名し西武が交渉権を獲得。清原和博選手は、なんで巨人の王監督は指名しないんだ、、という思いで涙したのでした。
 運命の悪戯、王監督がたとえ清原を指名したとしても、多球団が指名した清原が巨人に入れる保障はどこにもありませんでした。そこで、王監督もやむなく、清原を指名から外したと思われます。でも清原和博選手は納得がいかなかった。可能性があるなら王監督に指名して欲しかった、巨人に入りたかった、という思いが捨てきれなかった。その、人間臭さ、少年のような純粋なこだわりが、番長と呼ばれる清原選手の人間的魅力のひとつなのでしょう。

 そして、月日は流れ、清原和博選手は、FAで憧れの巨人に入団。活躍できたものの、年齢的な問題でケガに泣かされて、自由契約に、、、。まだ、野球がしたい、、、なのに、巨人は要らないっていうのか、、、そういう思いを抱えながら、仰木彬監督に誘われてオリックスに移籍。

 なんていうのか、清原和博選手は、ONの様に巨人に入り巨人で活躍し選手生命を全うした神様のような人生とは違う人間的な苦しみを抱えたヒーローだったのだなぁと思ったのでした。

 王監督の言葉が、清原和博選手にかけた言葉が象徴的でした。王監督でも、清原和博選手の夢をかなえることは出来なかった。清原和博選手には、どうにもならないドラフトだった。それでも、「憧れ」を追い続けた清原和博選手。
 王監督は、40本毎年ホームランを打てる選手が30本になったから引退をした、、「ホームラン王」王貞治らしい成績を残せなくなったから、という理由と、最後の年は、ほとんど試合に出れなかった清原和博選手は、好対照とも思います。
 あのドラフトがあったから、巨人に辞めろとは言われたくなかった(うん、巨人で引退しても、きれいな引き際と思います。)だから、ここまでやったんだろうなぁと、スポーツの世界に「もしも」はありませんが、清原和博選手の引退セレモニーを見て思ったのでした。

 清原和博選手がブログを書いてる、、、とは思いませんでしたが、一応、「清原和博 ブログ」で検索してみましたが、清原選手のブログは見つかりませんでした。
  1. 2008/10/02 (木) 23:37
  2. | トラックバック:1
  3. | コメント:0

コメント

コメントの投稿


(パスワードを入力することで、書き込みにトリップが表示され、なりすましを防ぐことができます。)
管理者にだけ表示を許可する



清原和博 男道

清原の「男道」、同世代の男性(僕もそう)の共感をずいぶん呼んだようです。 ちょっと前には、TVでも何度か清原の特集が放映されてました。 (クリップしたのは、僕も見たTV放映です。) 男道清原 和博幻冬舎このアイテムの詳細を見る 僕は、仕事のことを直接ブログ...
  1. 2009/06/05(金) 22:33:11 |
  2. ゴルフィーライフ ~ 風と遊ぶ
<< 飯島夏樹 | ホーム | 相撲の八百長 >>
ブログライブ

最近の記事

Calender RSS1.0

ブログライブ内記事検索

Category

Archives

Recent Comments

Recent Trackbacks

Links

ads