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2012年03月28日(水) ◇ 超!A&G+の2012春改編 (アニメ、声優)

 文化放送超!A&G+の2012春改編の感想。

月曜:スーパー大沢たまゆらタイム: ロシア ゆいかお 井口阿澄能登
火曜:スーパーアイムタイム: 矢作佐倉早見ぱよ キタエリ
水曜:ひとかな: 腹黒 花澤 まりなあさぽんドヤ豚
木曜:スーパースフィア&けいおんタイム: 唯あやひあずにゃん
金曜:スーパー青二タイム: \アッカリーン/律ヤング
土曜:アニスパ:
日曜:リンコ:

 日笠、かなえをラジ関に持ってかれてる。日笠のA&G復帰は無いのかな。
 変態音響監督潰しで、裏に竹達の番組を持ってきてる。
 LFは竹達の声優+を月曜日に持ってくればいいじゃん。でもって、伊集院の裏までやっちゃえばいいじゃん。
  1. 2012/03/28 (水) 17:35
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2012年03月27日(火) ◇ 老朽原発を残した事 (考えたこと)

 東京電力福島第一原発事故の最大の原因は、金を惜しんで老朽欠陥原発を残した事です。
 新幹線で言えば、開業当時の車両を、「走るから」って、そのまま使い続けて大事故になった様なものです。

 福島第一原発は、40年を超える老朽原発であり、アメリカと同じ基準で造った地震国にとっての欠陥原発。
 実際、少し新しい女川原発や福島第二原発でも、地震と津波で事故が起きたものの、炉心溶融、水素爆発という最悪の所までは進みませんでした。

 古くなってダメな原発や、構造的に問題があってダメな原発すら止められない=廃止できないという、原発を管理する人間組織の問題が最も大きな原因です。今でも電力会社や経産省は、その問題を全く解決するどころか、反省すらできない状況です。
 まず、原発再稼働の是非以前に、どう考えてもダメな原発(美浜原発とか浜岡原発とか)を廃止すべきです。
 それを残したら、次の原発大事故の原因になります。ただ目先の金を考えて原発の再稼働を考えています。

 ここまで思考パターンが腐ると、東電の株を国が取得して原発を国が管理したらもっと酷い事になるだろうな。

 安全性を考えて、25年で原発を廃止したら経済性にあわないなら、そもそも原発自体が経済性にあわない事から考え直さないといけないので、学者に献金したりして、安全性を軽く見させるように仕向けたというね。
 結局「安全な」原発は、金がかかり過ぎて儲からないって事で、同じ結論にいくのかな。
  1. 2012/03/27 (火) 13:17
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2012年03月21日(水) ◇ マニュアル主義 (考えたこと)

 1970年代前半、ちょうど福島第一原発が出来て数年経った頃の話です。
 当時私は親に連れられて、平駅(今のいわき駅)から上り電車に乗ったのでした。ちょうど、平ケイリンが開催されて、今のケイリン場に集う方々と似た客層の方、中高年の男性たくさんと一緒の電車に乗りました。

 で、その時私は子供で、最初に入った人が窓を開けて、開けた窓からたくさんの大人が電車に乗る様子を見た事を覚えています。
 その当時は、単純に怖かった、たくさんの中高年男性が窓を開けて電車に乗る様を見てビックリしました。
 電車は、ドアから整列乗車するものと教えられたので、それと違う、我先に電車に乗る光景でした。
 今考えると、窓から電車に乗っちゃいけない法律があるわけでなく、たくさんの人が短い時間で電車に乗るには、むしろ窓から乗り降りするのは、最も合理的な方法と思いました。
 今は、日本のどこに行っても、窓から電車に乗り降りする人を見る事はないでしょう。そういう意味で、大人しくなった、電車に乗るにはドアから乗るという「マニュアル」に従う人が増えたんだろうと思います。

 で、福島第一原発の事故の話を考えてみたいです。あの電車の窓からジャンジャン乗り降りする人達が、原発を管理してたら、というか、ああいう勢いで原発を作ったのでしょう。
 絶対にあっちゃならない事は、炉心溶融な訳で、それを防ぐためなら、1号機の電源が無くなってから2~3時間後にはベントして炉内の圧力を抜いて、放射能を漏らして、1次冷却水を外部から注水といけないはず。なのに、非常用復水器の動作の目視確認もせず、何もせずただ時間を費やしたという。

 非常用復水器が動いてるか、目視で確認してない状態なら、燃料溶融する可能性が極めて高いわけで、燃料溶融を防ぐためなら、1次冷却水が直接ベントされて放射能が漏れても仕方ないはず。というか、最も事故を小さくする方法を選ぶなら、そうするはずです。
 しかし、そうしなかった。マニュアルに、「電源が喪失したら何時間後までに必ずベントする事」って書いてないから、それに従っただけという。
 マニュアル主義によると、マニュアルにない事をやる方が、炉心溶融するより悪いのだろう。マニュアルに従って炉心溶融しましたって事なら、組織の責任になるけど、マニュアルにない事をやって放射能が漏れましたって事なら、個人のせいになるって事なんだろう。
 でもって、電源喪失と炉心溶融を想定して1次冷却水と放射能を漏らすマニュアルを書くと書いた事で、放射能が漏れる事を想定したという事で責任を問われるという。放射能は漏れないという建前が危機に対応できないマニュアルを作りだして、結局事故をどんどん大きくしていったというか、炉心を溶かしたという。

 炉心さえ溶かさなきゃ、ベントして圧力を抜いて一次冷却水に海水を足してたら、周りの人はもう帰れただろうに、、という。

 建前主義の過剰とマニュアル主義のまん延が、炉心まで溶かす前に、危機管理の方を先に機能不全に追い込んだ。

 福島第一原発を作った人達の勢い、時代なら、さっさとベントして隠ぺいしたんじゃなかろうかと妄想しました。そういう意味で、マニュアル主義、公開主義、建前主義がそれじゃ管理できない原発を未だ抱え込んだのが、事故がここまで大きくなった原因だろうなと。
  1. 2012/03/21 (水) 00:27
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2012年03月13日(火) ◇ 池田信夫氏インタビュー (考えたこと)

池田信夫氏インタビュー http://blogos.com/article/33929/?axis=&p=3
引用~「今の状況は過剰規制であり、食料品は500ベクレルを100ベクレルに下げるべきではない」と言う。被災地の復興を第一に考えたら、なるべく被災者は帰って農産品を出荷できるようにすべきだ、と言っています
引用~起きてしまった事故は今さらどうしようもない。その被害をどうやったら一番少なくできるのか。これから考えるとむやみやたらに騒がないで、なるべく11万人の人が早く家に帰れるような段取りをすることが大事だと思います。

 商品作物を売り買いする事は、かかった原価よりずっと高く商品を売って利益を上げる事。
 1ベクレル未満のコメと490ベクレルのコメで、「品質」に差がある事は明白。
 この品質差で、後者は商品作物として他の地域より、著しく安く買われる。
 家に帰って農産物は出荷できるが、貧する事は明らか。それを農民に押し付ける事になる。

 福島の農畜産物の放射性物質の量が、他の地域と同じ~(A)でないと競争に勝てない。
 商品作物として毀損した「ブランド」を回復するには、基準を下げるしかない。
 で、下げた基準を上回る地域の農家は、補償対象になるべき話。~(B)

 健康に影響を与えない事は「食べ物」として最低限の事。それが維持できるだけでは、商品作物として成立しない。
 池田信夫氏は、「品質」や「競争力」「ブランド」が原発事故によって毀損されたのを理解してないのか、意識的に無視して被害を小さく見積もる意図があるのか。

 事故が起きたら(A)でなくなると、国が話してきたのか。国は安全と言ってきたんだから、単純に騙した話。
 (B)の範囲が広くなって、適正に見積もって補償したら莫大になるのが、東京電力福島第一原発事故の特徴。
 経済的被害の意味で、チェルノブイリより大きいかを見ないといけない。
 で、(B)が見積もられてないし、補償されそうに無いのが現状。
 (B)が莫大で地域の人に押し付けられて、「儲からない=利益が少ない」のが、反原発の立場の根拠の一つ。
  1. 2012/03/13 (火) 20:55
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2012年03月12日(月) ◇ 東京電力福島第一原発1号機の水素爆発から1年 (考えたこと)

 2011年3月12日15時36分頃、東京電力福島第一原発1号機で水素爆発が発生して、建屋が吹き飛びました。
 あれから、ちょうど1年です。前日夜には既に1号機がメルトダウンしていると考えられていますが、同原発による外部への大規模な放射性物質の放出は、3月12日の1号機ベントと水素爆発から始まりました。
 1号機の水素爆発の映像は、福島中央テレビが撮影し、日本テレビでほぼ、リアルタイムに中継されていました。
 原子力発電所から大きな白煙が上がる映像は、大変な衝撃と記憶しています。

 1年前の前日までは原子力発電所の「中の事故」ですが、この日以降、放射性物質による外部への大規模な汚染が始まりました。その意味で、東京電力福島第一原発事故と住民にとって、とても重要な日といえます。
 なのに、昨日の津波のニュースに紛らすよう、テレビは昨日にほとんどの特番を組んだようです。
 「木を隠すなら森の中」という事で、被害を小さく印象付ける情報操作でしょう。

 12日の1号機水素爆発による放射性物質は、
http://www.pref.fukushima.jp/j/7houbu0311-0331.pdf
 によると、12日21:00に南相馬で、20マイクロシーベルトになり放射性物質が到達した事を示しています。同所では、翌13日7時53分には、3.59マイクロシーベルトに下がってます。
 そして、
http://www.tohoku-epco.co.jp/ICSFiles/afieldfile/2011/03/13/1_110313_onagawamp.pdf
 によると、12日の20時頃から女川原発の放射線量が上昇し、24時頃には、ピークになり、21000(nGy/h)に到達して、翌朝には、およそ5000(nGy/h)(対数グラフなので読みづらい)に下がってます。
 12日の水素爆発による放射性物質は、気象庁の仙台の記録では南風で、福島県沿岸部を北上して、夜半に西風になり、女川方面に達した後、仙台に降雨の記録が残っていない事から雨による降下はなく、一部沿岸部に降下をしつつ太平洋に抜けていったものと思います。

 2011年3月12日の水素爆発による放射性物質が一体どういう経路で流れたのか。きちんと他の日の記録も含めて、記録するべき話だし、考えるべき話です。
  1. 2012/03/12 (月) 18:31
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